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銚子電鉄物語2-深刻な事件の連続エンタメ電車へ

時代によって鉄道の使われ方は変わります。銚子電鉄の歴史を見ると改めて思い知らされます。創業当初からの変化を追いかけました。
*時代時代で深刻な事件も数多くありました。深刻な事態は『赤文字』で、好転やいい話は『黒太文字』で書いています。注目点は『下線』を引いています。

銚子電気鉄道物語
(前半からの続きです)

銚子電鉄の銚子駅
ローカル電車・銚子電鉄の旅はここから始まります

5、1985年(昭和60年)、銚子の町がNHK朝の連続ドラマ「澪つくし」の舞台になりました。
物語の舞台として外川駅が登場しました。外川の昔ながらの町並みも印象的です。
主人公「かをる」(沢口靖子)の通学シーンで銚子電鉄が何度も登場しました。
人気にあやかり初めての遊覧客車『澪つくし号』を走らせました。

6、1988年(昭和63年)親会社の千葉交通は銚子電鉄の売却を決定。

7、1990年1月に千葉交通から内野工務店への経営権が移譲された

新体制のもとで老朽化していた駅舎の改装や新築が行われました。

1990年に犬吠駅と君ヶ浜駅が、1991年には観音駅と銚子駅が新しい駅舎に生まれ変わりました。
旅行代理店は「メルヘン電車」として売り込み多くの観光客をあつめました。

*銚子駅はオランダふうの風車をイメージした駅舎(今は風車の羽根ははずされています)
犬吠駅はポルトガルをイメージした駅舎
観音駅はスイスの登山電車をモチーフとしています
君ヶ浜駅にはイタリア風のゲートがありました(今は撤去されています)

1995年、ぬれせんべいの発売開始

1998年 親会社の内野屋工務店はバブル崩壊の波を受けて、事実上の破産状態になる。内野屋工務店の社長が銚子電鉄の社長も兼務していた。

2003年 その社長が銚子電鉄名義で借りた資金を内野屋工務店の借金返済にまわしていたことが発覚する。

2006年8月 銚子電鉄の前社長が業務上横領で逮捕された。それによって銀行の融資が受けられなくなった。

この横領事件があって、銚子電鉄は千葉県と銚子市から補助金を受けられなくなった。

8、2006年11月、経営危機に陥る。
ホームページに当時の経理課長が「銚子電鉄商品購入と電車ご利用のお願い」という文章を掲載し支援をお願いした。

口コミやメディアで取り上げられて沢山の人の支援で状況が好転していく。

2007年1月 銚子電鉄サポーターズが結成された。

2011年 東日本大震災が発生。
福島第一原子力発電所事故の風評被害もあり、銚子を訪れる人が激減、鉄道部門の売り上げが大きく落ち込んだ。結果年1億円の赤字を出すようになってしまう。

2012年12月 顧問税理士であった竹本勝紀氏が取締役社長に就任。

2014年1月 脱線事故発生。銚子電鉄救済のため地元の高校生が立ち上がり「銚子電鉄応援プロジェクト」が発足、クラウドファンディングにより500万円もの寄付を集める。

2015年 「お化け屋敷電車」を開始。また同年12月「駅名愛称のネーミングライツ」開始。髪毛黒生(かみのけくろはえ)駅がマスコミなどで話題になる。

2018年 まずい棒が発売。ヒット商品になる。

2019年 映画『電車を止めるな!』の公開が決定。

しかし2020年度以降変電所の改修工事に多額の費用が必要になるので,資金用意しないと『まずい』状況にある。

*どうだったでしょうか。壮絶な危機は想像以上で、現在進行形です。
この瞬間も、銚子電鉄は存続をかけて毎日走っているのです。