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海岸イメージ

高村光太郎と智恵子-2-光太郎の智恵子への愛

高村光太郎と智恵子~その関係を調べてみた。
*【その1】の記事も、カテゴリ「ちばらぎ銚子」にありますので一緒に読んでください。

【その2】

智恵子は病気がちで、結婚後も年に数ヶ月は福島に里帰りしていた。やがて1931年ごろ精神に変調をきたした。統合失調症といわれている。
高村豊周著 光太郎回想 日本図書センター刊には、「昭和7年智恵子がアダリン自殺を図り、意識の回復には一週間がかかった」病院を退院しても、「頭の方は加速度的に悪くなっていった様で、医者に唾を吐きかけたり叩いたり、以前から見ていた幻覚も相変わらずであった」とあります。

のちに光太郎は『智恵子抄』のなかで、智恵子の半生について振り返っています、『智恵子は勝気だったが社交的な性格ではなく、自分と結婚したことで結構無理をしていた、東京の空気が合っていなかったのかもしれない。田舎に暮らしていたらもっと生きられたのではないか』と自分を責めるような言葉も残しています。

【統合失調症】
青年期に多く発病する精神障害の一つ。自閉症状・感情鈍麻・意志の減退・幻覚・妄想などがあらわれる。

【アダリン】
ジエチルブロムアセチル尿素の商品名。無臭の白色結晶性粉末。微苦味がある。催眠・鎮静剤。
*出典:広辞苑第三版

その後智恵子は妹が嫁いだ九十九里町に移り、光太郎は週末ごとに東京から列車を乗り継いで見舞った。浜辺で無心に千鳥を追う智恵子を遠くから見つめる光太郎の胸中はどうだったのか。智恵子抄の中の「千鳥と遊ぶ智恵子」にその様子が詠まれています。「尾長や千鳥が智恵子の友達、もう人間であることをやめた智恵子になど……」光太郎の違う世界にいってしまった智恵子に対しての寂しさがあふれています。

【千鳥】ちどり
シロチドリ・コチドリ・イカルチドリなど、チドリ科の鳥の総称。足の指は3本で、後ろ指がない。海岸や河原に群生する。

高村豊周(光太郎の弟)著 光太郎回想には、「智恵子の乱暴な言動はひどくなり近所にも迷惑がかかるので、光太郎は智恵子を九十九里浜にいた母や妹の家にあずけることにした」とある。
智恵子をあずけた理由として、「父の具合がよくなかった」(光太郎は父の面倒を見ていた)のもあった。

また高村豊周著 光太郎回想には、「元来兄光太郎は、いくら困っても本当に困ったような顔をしない。窮状を訴える時でも、片一方にえくぼをみせて、ほほえみながら物を言う」。父が死んでからは、「案外まめに出歩いたようで、おいしいものを食べに行ったり音楽会や外国映画も詳しかった。そうでもしなければとても神経がもたなかったであろう」と書いています。

昭和13年智恵子は肺結核で52歳の生涯を閉じました。

智恵子は光太郎の芸術作品を愛していました。亡くした光太郎は「もう(作品を)見せる人もいやしない」と気持ちが落ち込み、数か月悩み続け作品をつくる意欲もなくしていたそうです。

昭和31年光太郎は74歳に智恵子と同じく肺結核で没しました。

【肺結核】
結核菌によって起こる慢性の肺の感染症。多く無自覚に起り、咳・喀痰(かくたん)・喀血・呼吸促拍・胸痛などの局所症状を呈する。 *出典:広辞苑第三版

高村光太郎はいつも智恵子を愛していた。文章からは智恵子を想う気持ちが伝わってきます。切ない気持ちになりました。

*「智恵子抄」高村光太郎著 発行所 龍星閣、
「房総文学散歩 描かれた作品と風土」 毎日新聞千葉支局編著を引用・参考にしました。

*「高村光太郎と智恵子」その3~光太郎は「智恵子抄」は出版したくなかった、に続きます。