村上春樹著「UFOが釧路に降りる」感想-ズレた軸-空気のかたまり-新たな座標

*今回は、村上春樹全作品集1990-2000③短篇集Ⅱより「UFOが釧路に降りる」を読んだ感想です。

上記と「アイロンのある風景」「かえるくん地球を救う」「神の子どもたちはみな踊る」の計4編が、今年2025年4月にドラマ化されNHKにて放映されるそうです。
どんなドラマになっているのか楽しみです。

【注意】若干のネタバレがあります。読むときにご注意ください。

UFOが釧路に降りる

登場人物

【小村】
秋葉原の老舗のオーディオ専門店のセールス。
30代の前半、端正でさわやか、長身で着こなしもいい。
人あたりもいい。

【(小村の)妻】
実家は山形で裕福な旅館の末っ子。
小柄で腕が太く、鈍重そう。
口数が少なくいつも不機嫌そうな顔をしている。都会生活が嫌い。
上に二人の姉がいる。

【佐々木】
小村の同僚で小村より3歳若くて独身。
小柄で髪は短く、金属縁の丸い眼鏡をかけている。
口数が多く、鼻っ柱が強いところもある。

【佐々木ケイコ】同僚佐々木の妹。20代半ば。色白で170cm近くあり髪が短い。
【シマオ】ケイコの友達。20代半ば。背丈は155cm、髪はまっすぐで肩までの長さ。

簡単なあらすじ

小村は30代の男性、妻と二人暮らし。
妻とは結婚して5年。のびやかな気持ちになれた。
妻とは相性がいい、上手に生活していると思っていた。
神戸は大きな地震が起きた直後であり大きな被害を受けていた。

妻は地震被害のテレビ中継をほとんど動かず5日間見つめていた。
話かけても返事をしなかった。
妻は黙って画面を(地震を?)睨んでいた。
5日後の日曜日に彼女の姿は家から消えていた。

後には手紙が残されていて、もうあなたとは暮らせない理由が書いてあった。
問題は「あなたが私に何も与えてくれない」ことだと。

妻は実家へ帰り小村と別れたいという。
小村は別れたくなかったが、妻の意思は固く、結局妻と別れた。

小村は会社に1週間の有給休暇をもらうことにした。
同僚の佐々木は、小村に小さな箱(10cm位の立方体)を北海道へ旅行するつもりでいいので持っていってほしいという。
小村はその大事なものの入った箱を佐々木の妹に持っていくことを了解した。
小村は2月の寒い北海道へ旅することになった。

飛行機で釧路に降り立った。

空港では同僚の佐々木の妹である佐々木ケイコと友達のシマオが小村を待っていた。
佐々木から預かった箱をケイコに渡し小村は仕事を終えた。

三人はドライブしてラーメン店で食事をする。

小村と二人はラブホテルで一晩を過ごすことに。
そこでケイコとシマオと妻の話をした。
次第に彼の気持ちは解放されていった。
シマオは奥さんの話は地震とつながっているのじゃないかという‥。

感想

小村は妻がいなくなった後、TVを見ていた妻の姿を振りかえる。
彼女はいったい何を見ていたのだろうか、画面を観ていたのだろうかと。

それまで妻との間に何の不安もなく、疑問も持たなかった。
妻と地震のニュースの風景をただ漠然と・関連づけて眺めていた。
(ある意味ぼんやりと‥‥、決めつけていた?)

画面に映し出される信じがたい風景から目を離してはいけないと感じたのかもしれない。
何か特別な啓示を受けていたかもしれない。小村は妻の気持ちの動きをみれなかった
彼女の気持ちを推し量ることなく‥。心が動いていなかった。(決まった視点でしか見れなかった)

彼女は結婚した時は小村のある部分は好いていたのだと思う。
しだいに同じ空間で同じ空気を吸っていることで違和感が出てきた。

「空気のような関係」、それ自体には罪はないが。
彼女にとって頼るべきものとしては何か足りない。

座標軸でなく心の支えが必要だったのではないだろうか。
それは「愛のあるもの」。

妻は一人でかたまりをかかえ悩んでいた。夫婦間に出来るかたまりを解決したかった。
夫婦の会話がなくなっていた。
妻にとって小村は得体のしれないもの(確認できないもの)になった。
妻は小村のことを「空気のかたまり」中身のない人といった。

方や小村は自分の中身というより、二人の生活した“空間”を大事にしてきた。
それが彼の軸であり、二人の位置情報としての“座標”を信じて生きてきた。

妻もそれを望んでいると思っていたのだが、それではなかった。

以前からズレは始まっていた
小村が彼女自体を知ろうとせず、彼女の位置(座標)を固定化したことで決定的になった。
彼女自体は生き物なのに、“彼女の存在をモノのよう”に決めつけてしまった。

彼女にとっては「愛が大事」「中身を理解する」のが重要。
夫婦間の位置を大事にしたり、座標軸のズレを気にするよりも、大切にしたいことがあった。

小さな箱に入っていたもの

妻との別れが現実となり、彼は自分の記憶装置が整理できず、生きる軸が不安定になっている。
同僚の佐々木は、小村に「中身のわからないもの」の運搬を頼むことで変えたいと思った。

自分の推測だが佐々木が依頼した小さな箱の中は空(から)だと思った。
佐々木は、小村の間違えたままの『彼の座標軸』を小箱に封じ込めて処分する手伝いをしたのだ。
小村自身が軽くなって移動できるように。
捨てるのが無理でも釧路で「残っていた座標軸」を凍らせる。

彼の心を正常に戻すために、心をカラにして軽くなって欲しかったのだ。

佐々木ケイコとシマオの役目

小村は妻を「人間」として、理解できていなかった。
妻の方にも問題がないわけではないだろう。
お互いに作り上げるのが夫婦なのに彼女の行動は突然すぎる。ストレスもある。
*やさしい女性が近くにいることで物事を荒立てない。

佐々木が二人の女の子に迎えを頼んだのは、彼を「新しい座標」に導くためである。

たあいのないかわった話をすることで彼の感情を和らげる。
精神状態を落ち着かせて心の傷を治す手伝いをしている。

*彼女らの話は世俗的なものから離れているものである。やっていることも何かおかしい。
おそらく彼女らが“未確認なもの”を調査しているからなのだろう。

UFOは座標軸を持たないもの

釧路に降り立ち知らない土地で聞いた風切り音。それがすべてをリセットする。
そこに妻の姿を重ねることは出来ない。「無音のイメージ」の連続はこわされた。
“新しい座標”は、彼に新しい感情をあたえた。

小村の姿は静寂の中に鎮座しモノクロに近くなっていたはずだ。

小村の記憶は無音で、無確認飛行物体(UFO)のように浮かんでいる。
古い座標軸は箱に封じ込めて、それを思い出すことなく運んだ。

釧路に無事に移動できて、若い女性と話すことで気持ちもリセットできた。
重かった“かたまり”を下す準備ができたのだ。

この先の行き先は決まっていない。
しかし座標が変わり少し揺れが止まりつつある。
自分の視点は戻りきれいない、変わっていない。
まだ自分という物体は揺れて空間をさまよっている。

小村と妻との実験は今に始まった事ではなく、昔から沢山の人間に対して行われていたプロジェクト。
小村の都会での仕事は終わった。妻は知りすぎた人として処分された。
失敗の原因がどこにあるのかわからない。
三人は探すこと自体は大事なことだが今はその時期にないと。

小村は自分の大事なものを箱に入れ渡してしまった。
人間・時間・空間が消え去った後、新たな空気は入ってくる。
この世には空(なにもない)などありえない。
「仲間と話をする」「新たな場所に降り立つこと」で少しづつ変われる。

心に余裕が生まれ元気が出来てくれば、“軽くなっていた自分を重くするための活動”も始まる。
釧路はその過程だったのだ。

あらたな座標をインストールする。
ここが彼の変わるための出発点になる。

キーワードの補足(感想を読むために)

【UFO】
この小説での「UFO」とは「未確認飛行物体」の意味(空飛ぶ円盤ではない)。
UFOは軸を持たないもの、UFOが信じるのは現在いる座標のみ。
軸がないものと捉えました。

【なぜ舞台が釧路なのか
推測ですが、下記の要素を“イメージさせる場所”として登場している?
・釧路はUFOが飛来する場所である。
2月の釧路は雪は降らないが寒い、記憶さえ凍らせる。
風が強く軸がないと飛ばされる

【座標軸の違いとは】
男女の座標軸がズレるのは、空間認識能力の違いでもある。
男性は身を守るためにこの能力を上手に使う。
女性はそこは重要視していない。
*男女の座標軸の違いは、男女の空間認識能力の違いと似ていると思う。

【不思議な二人の女の子】
北海道にいた二人の女の子は、「異なる座標軸を持つ人」として登場している。
彼を導いてくれるソウルメイト(魂の友達)であり希望でもある。
彼女二人の存在が何か面白くて、UFOとともに小説に不思議な雰囲気を与えている。
*実際に存在している人間かどうかは分かりません。

小説の前半都会の話と、釧路についてからの後半の話では、小説の色合いが微妙に変化しています。
それがとても興味深かったです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
村上春樹全作品集1990-2000③短編集Ⅱ 株式会社講談社刊 より「UFOが釧路に降りた」の感想でした。