涙も笑いもある-文豪の愛した猫-文豪たちが書いた「猫」の名作短編集-感想2

文豪たちが書いた「猫」の名作短編集 彩図社文芸部編纂 株式会社彩図社刊 を読んだ感想になります。
誰でも名前を知っている著名な作家が「猫」を書く。
“猫”はおそらく変わらないので、作家さんの書いている文章に不思議に“あるある”と頷く。
他のテーマではこうはいかない。
文豪が猫をどう文章に載せるのか、猫の描写も個性が出ていて楽しい。
本には全部で15編が載っていますが、今回は6編の小説の導入部と感想を書きました。
*極力ネタバレが少ないように書いています。個人的な感想です。

文豪たちが書いた「猫」の名作短編集-感想2

「猫の墓」 夏目漱石著

筆者と妻・小供・下女ら家族と飼い猫の話
“早稲田へ移ってから、猫が段々瘠せて来た”、猫は老猫で尻尾の毛が抜けてきたという。
家族は猫と距離を置いているのに、筆者だけはひたすら猫の弱っていく様子を観察して書いている。

*現代は“猫関連の”小説や話題が多い。経済だったり・学びだったり・癒しだったり。
しかし漱石はそんな脚色や感情は極力抑え日記のように書いている。
この小説の猫との付き合い方に違和感は感じない。
この時代に家族が自宅の庭に墓をつくってあげることで、家族の猫に対する愛情が現れているからだ。

夏目漱石(1867-1916)
英文学者・小説家。 東京の人。 東大卒。
1900年(明治33年)イギリスに留学、帰国後東大講師。後、朝日新聞社に入社。
1905年「吾輩は猫である」、次いで「倫敦塔」を出して文壇の地歩を確保。他に「坊ちゃん」「三四郎 」「こころ」など。

【死は今より身近にあった】
自分の子供時代(昭和)を思い返しても、親族の祖父・祖母が年取って寝ているのは家の中、介護するのも死んでいくのも施設でなく自宅だった。
豊かでなければ、つきっきりで面倒を見ることなど出来るわけもなく、動けなくなれば手も薄くなる。
冷たいわけではなく家族内の地位も今までよりも軽くなる。

猫も現代のようにペット(飼われている動物)ではなくて、人間とさほど差が無くて『生きるために精一杯な仲間』であったのだと思う。
なのでこの小説での猫の扱いも分かる気がした。

「猫の事務所」‥ある小さな官衙に関する幻想‥  宮沢賢治著

軽便鉄道の駐車場、その近くに猫の第6事務所がある。
そこは猫に地理や歴史を調べて答えるところ。
書記は皆に尊敬されていて若い猫は入りたがる。
事務長は大きな黒猫で書記は四人、1番書記は白猫・2番書記は虎猫・3番書記は三毛猫・4番書記は竃猫(かまねこ)でした。
その事務所内で起こる様々な“いびつな猫関係”の話です。

猫の事務所(役所)の幻想物語なんですが、そこで起きることは“組織にいる人間関係のいじめ”のようです。
*最後は獅子の命令でお話は終わりになるのですが、自分も半分獅子に同感しました。
副題にある“官衙(かんが)”とは役所・官庁のことです。

宮沢賢治(1896-1933)
詩人・童話作家。 岩手県花巻市の人。
早く法華経に帰依し、農業研究者・農業指導者として献身。
詩「雨ニモマケズ」、童話「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」など有名。

「猫の奪遠」 葉山 嘉樹著

農村でくらしている貧しい家族と「コロ」という猫のお話
家族が食糧難に陥った時の主人とコロの行動についての話を描いている。
苦しい生活の中には人間のエゴが見えている。
それに比べるとコロのわがままや気まぐれさは逞しくて可愛い。
貧しいのは猫も同じなはずなのに‥、落語のようなお話で思わず笑ってしまった。

葉山嘉樹(1894-1945)
福岡県出身。早稲田大学予科退学後、水風見習いや下級船員など職を転々とする。
労働運動に参加し統合腐れ刑務所内で書いた「淫売婦」「海に生くる人々」でプロレタリア作家としての 地位を確立した。

「愛撫」 梶井基次郎著

作者が子猫の体についての考えや空想を書いている。
作者は猫の体の一部である耳・爪・手をについて、その機能を人間の身勝手な解釈で語っている。
その想像力には人間の悪戯心・動物に対する毒も隠れている。

梶井基次郎(1901-1932)
小説家。 大阪市生まれ。東大英文科中退。
志賀直哉の影響を受け,簡潔な描写と詩情豊かな小品を残す。
作「檸檬(れもん)」「城のある町にて」など。

「猫と蟻と犬」 梅崎春生著

筆者には神経障害がある,体の節々が痛んだりする。
その彼のもとに年少の友人「秋山画伯」が訪ねてきて彼のことを顔色が良くないと言う。
それは最近ビキニから出た灰の混じった雨に濡れたせいだろうという。
そして他の動物にも影響があるという話に及び、筆者の飼い猫「カロ」の話になった。
カロは色々な事件を引き起こして筆者を困らせる。
カロは秋山画伯がかつぎこんできた猫でお話はドタバタ忙しく面白いのだが、筆者は色々とカロの行動が気になっているらしい‥‥。

*カロの話から筆者の庭で繰り広げられる鳥や蟻、犬など動物との付き合いの話に及ぶ。
筆者は生来動物たちをかまうことが大好きらしい。
お話の発端は友人「秋山画伯」が筆者へかけた健康を不安視する言葉から始まっていて、そのお節介な話からカロや他の動物に派生している。
筆者の神経が触れたのかもしれない。
そうであれば動物には罪がない。

梅崎春生(1915-1965)
小説家。 福岡県生まれ。 東大卒。 戦後派文学の旗手。
海軍生活を踏まえた「桜島」「日の果て」、遺作「幻化」など。

「小猫」 近松秋江著

子供を持ったことのない主人公の30代男性と妻が、友人からもらった小猫を飼う話。
白黒の猫で丸くて活発で悪戯。
小猫なので色々なことをしでかす。
次第に主人公は小猫の様子にこころを奪われていく。その描写が細かくて楽しい
また猫の騒動に対しての夫婦のハラハラな様子も読みどころ。
主人が小猫の虜になっていくのに妻が冷静なのが妙に可笑しかった。

小猫を中心にした夫婦の会話から夫婦関係や家族の温かさも伝わってきました。
最後までお話が明るくて湿っていないのは登場人物のキャラクターのせいでしょうか、文体のせいでしょうか。

近松秋江(1876-1944)
小説家。本名徳田浩司。岡山県生まれ。
自然主義的な手法で男女間の愛欲を描写。
作「別れた妻に送る手紙」「黒髪」など。

*最後までお読みいただきありがとうございました。
興味のある方は是非本を読んでみてください。
作家の略歴についての出典は広辞苑第三版からです。

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