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佐原利根川沿い船乗り場

ブラタモリ-ちばらきはニッポンの要-レビュー1

少し前にONエアーした番組です。
ちばらき地域に住んでいるので気になっていた番組でした。レビューとしてまとめてみました。

最初番組が『ニッポンの要』なんて大上段にかまえたタイトルで、うまく最後に話が収まるのかなというのが最初の印象でした。タモリさんも「かなめですかね?」と意外ですという様な反応をしてました。

『ちばらき』は千葉と茨城を合わせた言葉で、利根川を上下に挟んでいる千葉県と茨城県の二つの県にまたがった流域で、歴史的にも文化的にも強く結ばれていたという、文献にも『ちばらき県』として載っている。

 

 

番組は茨城県の鹿島神社から始まります。鹿島神社は1300年以上の歴史がある由緒ある神社で、武道の神様として有名です。その力にあやかるため勝負にこだわるスポーツ関係の選手やチームが、必勝祈願に詣でるので有名ですよね。地元で言えば鹿島アントラーズです。

入って左にいた鹿島神宮のシカが可愛かったですね。鹿島神社の神様はシカに乗って奈良の春日大社に行っているそうで、奈良との関係は深い。奈良でシカは神様の使いとして大切にされています。

鹿島神社の神様『タケミカヅチノオオカミ』は、政治の中心「奈良」を守る春日神社に招かれるほど大切な神様でした。鹿島神社の正面は北を向いています。当時北は蝦夷地で、敵がいるのは北であったからです。
①鹿島神社は、北の勢力から国を守る軍事力と神様の力の両方をもっていて、朝廷にとっては重要な要の場所だったんです。

取材は、大きな鳥居をもつ霞ヶ浦(日本で2番目に大きい湖)の北浦に移ります。鳥居は鹿島神社の東南側の湖畔に位置します。1000年前の奈良平安時代、霞ヶ浦は今より2~3倍大きい内海でした。
当時太平洋を回って内陸(茨城西~栃木方面)まで物を移動する水運は非常に大切でした。
②鹿島神社は太平洋から内陸への水運の重要な入口・要でもありました。

さて取材は千葉側香取市に移ります。
当時の利根川は上流から東京湾に注いでいました(千葉には流れていない)。そのため江戸はたびたび利根川が氾濫するので困っていました。

(事件)
当時の徳川家康は氾濫を止めるため、利根川の水を霞ヶ浦から銚子への太平洋へ流すことを思いつきます。この利根川の河川改修は大事業で長い間行われました。

家康は利根川の江戸の氾濫を防ぐことに成功します、利根川は霞ヶ浦にバイバスが出来たので、水は千葉県側の霞ヶ浦西寄り(今の香取市北のあたり)に流入します。しかし今度はこの流域の人が氾濫で困ることになりました。


【レビュー後半に続きます】