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翼を広げ飛ぶカモメ

「ウィズ・ザ・ビートルズ」一人称単数-村上春樹著-感想-【ネタバレ有】


「ウィズ・ザ・ビートルズ」感想
村上春樹著「一人称単数」文藝春秋刊より




【注意】内容に関してのネタバレが有ります
感想は私の解釈なので小説の主題と合っているかどうかは分かりません。実際には小説を読んだ後でないと、何を書いているのかサッパリ分からないと思います。まだ読まれていない方は、先に小説を読むことをお薦めします。







簡単なあらすじ




書き手である主人公は高校時代1964年の秋に出会った、同じ年の女の子を思いだす。学校の廊下ですれ違った彼女は、背は高くなくて素晴らしく美しい子。その子はビートルズの音楽LP「With the Beatles」を大事にかかえていて、それ以外は名前も知らない。彼女と出会ったときは、心臓が素早く脈打ってうまく呼吸ができなくなった。それ以来何人かの女性と付き合ったのだが、その彼女との体験が「憧憬の水準器」としての役割を果たしてきた。




1965年頃できた「初めてのガールフレンド」は、小柄でチャーミングな少女だった。名前は「サヨコ」といい神戸に住む女の子だ。彼女の家は海岸に近い松林の中に在り、父は医療機器の会社を経営していた。「サヨコ」には兄が一人と妹が一人いた。
ある日僕は彼女と約束をしていて彼女の家を訪れたのだが、彼女はいなくて二十歳を過ぎていたお兄さんが一人いるだけだった。彼は彼女が返ってくるまで、彼女の家でお兄さんと彼女の帰りを待ちながら色々話をした。彼は「記憶の配列が狂ってしまう疾患」を持っていて、記憶がどこかに飛んでしまった経験があるという。
それから十八年くらいたった時、僕はお兄さんと再会する。僕はガールフレンドの事が気になりお兄さんに尋ねた。お兄さんは「サヨコ」のその後の話をし始める‥‥。




【憧憬(しょうけい)】あこがれること
【水準器】物事の価値や作用などに関する一定の標準。ある面が水準か否かを検する器。
*広辞苑第三版より引用




テーマであろう「恋」「記憶」について考えてみた。




『恋』
学校ですれ違った美しい女の子との出会い、 「心臓が素早く脈打ってうまく呼吸ができなくなった」と書いているように『初恋の女の子』であろう。主人公の頭には「憧れの女の子」として記憶される。主人公のその後出会う女の子に対しての、恋の基準になっている。そして「ウィズ・ザ・ビートルズ」とともに憧憬を作り出している。




『記憶』
「記憶」は、『人間の思い出と機能』をあらわしていると思いました。
主人公がガールフレンドのお兄さんと再会することで、その二人が持っているガールフレンド「サヨコ」の記憶から、その違いと意味が明らかになっていきます。




【恋と記憶を読み解くための仮説をたてた】
・初恋は「心が惹かれる」ことで記憶される。「初恋」は恋愛の 水準器 の役割を持つ。その後の恋はそれが水準となって記憶される。 背景があると印象が強くなる。
(言いかえると)若いときの恋は「憧憬(あこがれ)」として残る。そして体験することで定着した記憶になる。(LP「ウィズ・ザ・ビートルズ」は憧憬の背景)

記憶は「背景」がないと残らない。そして時間が経つと「夢のようなもの」に変化する。年をとると夢は減っていく。




感想




小説の冒頭で、主人公(僕)は年老いて、昔自分の周りにいた女の子たちが年老いてしまったであろうことに悲しさを感じている。「少年の時の夢のようなものが既に効力を失っている」ことを認めなくてはならないという。「夢が死ぬ」というのは、「ある意味では生命が死を迎えるよりも、もっと悲しいことなのかもしれない」と。




小説の冒頭に書かれている独白的な一節。
「夢が死ぬというのは、ある意味では生命が死を迎えるよりも、もっと悲しいことなのかもしれない」という文に注目しました。そして何かを示唆している。この文にある「夢が死ぬ」と「生命が死を迎える」の二つを比較している「悲しさ」について考えてみました。




「夢」と「生命」という言葉に関係した「悲しみ」とはどんなものだろうと考えてみた。おそらくこの小説で言う「夢」は過去の記憶から自分が作り出したものであり、実際の夢自体から変化している。
「夢が死ぬ」ことは「実際の生命が死を迎えるよりも、もっと悲しいこと」にあたる「悲しさ」は、「夢」そのものに対しての感情ではない。時の流れに流されて「自分の意思に反して離れていった残像・手放さざるを得なかった憧れ」=「夢のようなもの」であり、自分ではどうすることもできなくなったという思いが悲しい、のではないかと思った。




つまり「夢を失う悲しさ」とは「自分の記憶から作り出した思い出(夢)が、自分の手から離れていくこと」によって起こるのであり、そう考えると「死を迎えるよりももっと悲しい事」といえるかもしれない。そう思いました。
*悲しい記憶とは、実際の記憶からその後の時が経つにつれて感情が入って変化したもの。記憶というよりも「夢のような存在」になっている。




題名「ウィズ・ザ・ビートルズ」の持つ意味




書き手である主人公は「ウィズ・ザ・ビートルズ」のアルバムをきちんと聞き直したのは30台半ばであること、少女の記憶に比べて印象的ではなかったと語られている。
そしてそのアルバムのジャケットは「少女を飾る情景の一部分でしかない」といっている。またポップソングも僕らの人生も「ただの粉飾された消耗品にすぎない」ともいっている。




小説の題名「ウィズ・ザ・ビートルズ」は、テーマに関係しているのかと思ったのですが、時代背景・情景の一部として使われていた。主人公も消耗品であるビートルズの曲は、「流行りの音楽」「青春時代の背景」といっています。
「ウィズ・ザ・ビートルズ」に関する記憶は(時代を代表するもの)として客観的に見ている。自分の手に残る恋の記憶「すれちがった美しい女の子」と背景として記憶されている。また時代をあらわす象徴である。時代「背景」と「憧憬」との違いを明確にしている。




共通の記憶を振り返ることでわかった事




小説の後半、主人公は偶然にお兄さんと再会します。そして妹の「サヨコ」のことを聞きます。その話によって主人公とお兄さんは「過去の共通の記憶につながる」。その時の記憶を呼び戻します。
お兄さんは当時自分が「記憶喪失の疾患」を患っていたこともあり「その頃の妹の気持ちを察してあげられなかったこと」を後悔している。また主人公もガールフレンドだった「サヨコ」を理解していなかったことを知ります。
そして主人公は「サヨコ」の記憶が、高校ですれちがった理想の女性像(憧憬)との相対的なものとして記憶されていたことに気が付いたのではないかと思いました。




「記憶」のテーマで、ガールフレンド「サヨコ」のお兄さんは記憶の機能をあらわしている。お兄さんは記憶がそっくりどこかに飛んでしまった経験がある。「記憶喪失が実際の自分の身に起こるというのは、すごく困ったことだ」という。主人公は「記憶を喪失する疾患をもったお兄さん」に18年がたって、再会する。お兄さんは主人公の顔は覚えていて「時間がたっても人の顔は忘れない」という。そしてその疾患は急にふっと治ってしまったという。




主人公の記憶は「感覚の記憶」を象徴し、お兄さんの記憶は「人の頭の機能」を象徴している。
違う言葉で表すと、主人公の記憶「恋の想い出」は生きていくうえでの「よすが」(感覚の記憶)に変化している。お兄さんの記憶(喪失)は、「メモリーとして欠けてしまったもの」で、失っても自分自身の記憶は変わっていない。




主人公のガールフレンド「サヨコ」は、記憶の中に“よすが(頼みとする相手)”を持てなかったのだろうか?




最後に「記憶」とは夢のようなもの?




この小説は何か劇的なドラマがあるわけでもないのに最後まで目が離せない。それは人間の「記憶」を描いているからなのだと思いました。




普段、人は自分が見ている日常の世界が変化していくのを毎日見ています。そのため「変化が分からなくなること」があります。それは日々変化を少しずつ体験しているからです。
それは誰しも感じていることで、自分の中に在る記憶は頭の奥深くに刻まれたものであり、「永遠に変わらないもの」のように思います。しかし記憶は「劣化して忘れていく」のと同時に、「自分の大切なよすがに変わっていくもの(夢)」なのではないでしょうか。
人は「記憶に大切な何かが抜け落ちていても、また付け足されていても」「自分の過去の記憶は変わらない」と信じています。時間がたち日々自分自身(人間)が変化していることが分からないのです。




そして時間の経過によって、自分にとってのよすが(感覚の記憶)である「夢のような記憶」が、ある時(それは時間が過ぎ去ったのちかもしれない)、「間違いであったことを知ったり」「そこに心が残っていなかったり」、「自分の感覚から遠くに離れてしまったこと」を知ります。そしてそのことに対して大きな悲しみを知るのです。




「夢が死ぬ」ことは、人生において「生命が死を迎える」よりももっと悲しい事、分かるような気がしました。
*この小説が書いている記憶とは、「ゆりかごに寝むらせている“感覚”」であり「次第に失っていく悲しいもの」だと思いました。




時間の経過とともに「感覚の記憶が変化していって夢になること」そして「それを失っていくことの悲しさ」が小説のなかに書かれていました。恋の話でもあり記憶の話でもあり、色々考えながら読んでいくと興味はつきませんでした。 (個人的な意見です) この小説は読み応えがありました。興味のある方は是非読んでみてください。
*最後まで読んでいただきありがとうございました。