「ウィズ・ザ・ビートルズ」一人称単数-村上春樹著-感想-【ネタバレ有】

題名「ウィズ・ザ・ビートルズ」の持つ意味

書き手である主人公は「ウィズ・ザ・ビートルズ」のアルバムをきちんと聞き直したのは30台半ばであること、少女の記憶に比べて印象的ではなかったと語られている。
そしてそのアルバムのジャケットは「少女を飾る情景の一部分でしかない」といっている。またポップソングも僕らの人生も「ただの粉飾された消耗品にすぎない」ともいっている。

小説の題名「ウィズ・ザ・ビートルズ」は、テーマに関係しているのかと思ったのですが、時代背景・情景の一部として使われていた。主人公も消耗品であるビートルズの曲は、「流行りの音楽」「青春時代の背景」といっています。

「ウィズ・ザ・ビートルズ」に関する記憶は(時代を代表するもの)として客観的に見ている。
自分の手に残る恋の記憶「すれちがった美しい女の子」と背景として記憶されている。
また時代をあらわす象徴である。時代「背景」と「憧憬」との違いを明確にしている。

共通の記憶を振り返ることでわかった事

小説の後半、主人公は偶然にお兄さんと再会します。
そして妹の「サヨコ」のことを聞きます。
その話によって主人公とお兄さんは「過去の共通の記憶につながる」。その時の記憶を呼び戻します。
お兄さんは当時自分が「記憶喪失の疾患」を患っていたこともあり「その頃の妹の気持ちを察してあげられなかったこと」を後悔している。また主人公もガールフレンドだった「サヨコ」を理解していなかったことを知ります。
そして主人公は「サヨコ」の記憶が、高校ですれちがった理想の女性像(憧憬)との相対的なものとして記憶されていたことに気が付いたのではないかと思いました。

「記憶」のテーマで、ガールフレンド「サヨコ」のお兄さんは記憶の機能をあらわしている。
お兄さんは記憶がそっくりどこかに飛んでしまった経験がある。「記憶喪失が実際の自分の身に起こるというのは、すごく困ったことだ」という。

主人公は「記憶を喪失する疾患をもったお兄さん」に18年がたって、再会する。
お兄さんは主人公の顔は覚えていて「時間がたっても人の顔は忘れない」という。そしてその疾患は急にふっと治ってしまったという。

主人公の記憶は「感覚の記憶」を象徴し、お兄さんの記憶は「人の頭の機能」を象徴している。
違う言葉で表すと、主人公の記憶「恋の想い出」は生きていくうえでの「よすが」(感覚の記憶)に変化している。
お兄さんの記憶(喪失)は、「メモリーとして欠けてしまったもの」で、失っても自分自身の記憶は変わっていない。

主人公のガールフレンド「サヨコ」は、記憶の中に“よすが(頼みとする相手)”を持てなかったのだろうか?

最後に「記憶」とは夢のようなもの?

この小説は何か劇的なドラマがあるわけでもないのに最後まで目が離せない。
それは人間の「記憶」を描いているからなのだと思いました。

普段、人は自分が見ている日常の世界が変化していくのを毎日見ています。
そのため「変化が分からなくなること」があります。
それは日々変化を少しずつ体験しているからです。

それは誰しも感じていることで、自分の中に在る記憶は頭の奥深くに刻まれたものであり、「永遠に変わらないもの」のように思います。しかし記憶は「劣化して忘れていく」のと同時に、「自分の大切なよすがに変わっていくもの(夢)」なのではないでしょうか。
人は「記憶に大切な何かが抜け落ちていても、また付け足されていても」「自分の過去の記憶は変わらない」と信じています。時間がたち日々自分自身(人間)が変化していることが分からないのです。

そして時間の経過によって、自分にとってのよすが(感覚の記憶)である「夢のような記憶」が、ある時(それは時間が過ぎ去ったのちかもしれない)、「間違いであったことを知ったり」「そこに心が残っていなかったり」、「自分の感覚から遠くに離れてしまったこと」を知ります。そしてそのことに対して大きな悲しみを知るのです。

「夢が死ぬ」ことは、人生において「生命が死を迎える」よりももっと悲しい事、分かるような気がしました。
*この小説が書いている記憶とは、「ゆりかごに寝むらせている“感覚”」であり「次第に失っていく悲しいもの」だと思いました。

時間の経過とともに「感覚の記憶が変化していって夢になること」そして「それを失っていくことの悲しさ」が小説のなかに書かれていました。
恋の話でもあり記憶の話でもあり、色々考えながら読んでいくと興味はつきませんでした。 (個人的な意見です)
この小説は読み応えがありました。興味のある方は是非読んでみてください。
*最後まで読んでいただきありがとうございました。

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