とても面白い題名が気になって読み始めた。眠り島(ねむりじま)ってどういう島なのでしょうか? 比喩が多く難解なところもある本なのですが、何回も読んでいくと面白さが浮き出てくる不思議な物語です。ネタバレしない範囲でご紹介します。
*「眠り島」 別役実著 株式会社 白水社刊より
眠り島とは
「《眠り島》は眠っていた。かつてそこは《軍艦島》と呼ばれ、次いで《病院島》と呼ばれ、それが《眠り島》と呼ばれることになって現在に至る」
軍艦島と呼ばれていた理由は「この島は海底の石炭を採掘するための基地で、島の中央にある巨大な煙突が、黒い煙を吹きあげ、島全体が一そうの軍艦のように見えた」ためだった。
そののち炭鉱は閉鎖され、島は一時廃墟となるが、「シンリョージョだけは残され細々と医療‥‥活動を続け」病院島と名を変える。昏睡患者など『ねむり』が増えたせいで、管理維持するための行政の予算とエネルギーが投入されていた。
* 本のP21「二」より眠り島を説明するくだりから一部抜粋しました。
「眠り島」へ向かう様子と意味深な言葉
島の様子を書いたところで、小説の内容はわからないと思います。
書くとこの世界が不条理を描いていることが大雑把な輪郭として見えるかもしれないので、
小説の冒頭に主人公のホーボー氏が歩いた順番を場所名で、断片的に書きます。
【ホーボー氏が歩いた地名(冒頭のみ)】
・地下鉄の「塔の橋」駅
・運河沿いの道にある「青い塔」の管理事務所
・青い塔の橋
・眠り島(屋根がついている)
*説明によると、「空間的には、地上二層・三層・五層に分かれていて、全島民七万八千のうち五万六千を占める『ねむり』がいる」
・破邪の門
・下り坂から、らせん形の暗闇へ
・薄明るい町の広場にある噴水と石畳
・金星ハーバー(床屋)
*ホントの冒頭部分だけです。(小説最初から眠り島に入ったあたりまで)
【小説に出てくる意味深な言葉】(冒頭部分のみ)
ねむり。イインカイ、オクノイン、ビョーイン、シンリョージョ、ダイイチクミアイ、シンクミアイ。他にも中盤以降色々な言葉が登場します。
【主な登場人物】*冒頭部分に登場する人物です
ウナミナ・ホーボー氏
仕事:フリーの調査員?
今回は「ギブ・アンド・ギブ調査事務所」の調査員、トム・トム・オーベル氏の消息について調査している。
風体:レインコートを着ている。年齢不明。
生き方:
ホーボー氏には人生について「やり方」があるという。
『それは人生の苦難に出会ったときに「そこにそんなものはいない」ふりをすることで、苦難の方を戸惑わせ、やりすごしてしまうのである。それが人生を生きのびる方法なのだ。そしてその苦難を詩にすることで自分をなぐさめてきた。』
キリン
仕事:青い塔管理事務所のハンディキャップ
風体:「長いブヨブヨと柔らかなエントツのような首とずた袋のような胴体、それを支える折れそうなほどのきゃしゃな足」
「歩くときの存在の軸が右へずれている。まっすぐに歩きたいと思ったら、こいつの左側に立って左へ引っ張りぎみに歩かなければならない」。つまり存在の軸がずれているということ。
病気にかかっている。不機嫌になるとそばにいるものにかみついたりすることがある。「モガー」と鳴く。
青い塔管理事務所の女事務員
仕事:渡橋許可願の受付をしている。ソデの下によっては書類の審査が容易になるのだが、それがないとハンディキャップがつく。
風体:「銀縁の眼鏡をして鼻すじに黄緑色の蛍光塗料を塗っている」「妙に白くて柔らかそうな手だけをくねくねさせて」、「書類をひねくりまわしている」
ギブ氏:「ギブ・アンド・ギブ調査事務所」の所長
ハンディキャッパー:キリンの管理人、丸顔で小男。チョビ髯を生やしている。
あらすじ(冒頭)
駅で地下鉄降りると、運河に沿って道があって道は青い塔に向かう。その青い塔の橋を渡らないと眠り島には行けない。
主人公のホーボーが登場する。彼の仕事は眠り島で行方不明になった「トム・トム・オーベル氏」の消息について調査することだ。
ホーボー氏は塔の管理事務所に行く。窓口の若い事務員への“対応”を間違えて、ハンディキャップのキリンを連れていくことになる。ホーボー氏はキリンと共に青い塔に向かい、眠り島に入っていく。
そこでホーボー氏は色々な人に聞いて「トム・トム・オーベル氏」を探し始めるのだが、眠り島は不思議な所だった。
「ねむり」を管理し維持するために、行政の供給する膨大な予算とエネルギーを消費している。
言ってみれば、「ねむりで食っている」島だった‥‥。
*「ねむり」が財産になっている島を管理しているものは何なのか?
島のなぞが深まっていくと共に、ホーボー氏の前に次々と苦難があらわれて、より深刻になっていく。
人間の経済や国の利益、医療や介護など、生と死の問題なども暗示しているような言葉も出てくる。
感想
この小説は読むのに根気がいった。
出てくる言葉が何かの比喩であり、カタカナ語が多いためだ。がその意味を考えていると先すすめない、解読にも時間がかかる。
それもこの小説を読むために作者が用意した「軽い障害物」なのかもしれない。
何かの比喩として理解してから読もうとすると、迷路に入ったようになる。
恐らく誰に聞いても正解はないと思われるので、解読するのは諦めて、力を抜いて読みすすめるしかないのだ。
ホーボー氏は何となく生き延びてきた人間で、キリンはほっとくと右に右にずれていってしまう憎めないキャラクター。この二人が不思議な歴史を持つ「眠り島」での人探しという難問に挑んでいくのだ。
少し乱暴だが 言いかえると 、人生を流れにまかせて生きてきたホーボー氏と、ペナルティとして生きてきたキリンが、ある時使命を押し付けられて尻を叩かれるように「眠り島にいるかどうかも分からない人」を調べに行くのだ。
最初ペナルティを受けるあたりは、ホーボー氏の生き方そのもので、避けようとすればするほど苦難は追いかけてくる。
しかしホーボー氏も、思わぬ苦難に出会う事で我慢することや心を保つこと、気持ち悪さを解消する知恵、生きるために考えることを体験していくのだ。ある時は人の意見を聞いて、ある時は人を疑いながら。
ホーボー氏は以前から「自分がホーボー氏としてただそこにいるだけのものになってしまう」のを恐れてきた。しかし眠り島に入ってから次第に色々なものを失う。「自分が何者なのかを知りたかったのに」途中からはこの島に来た理由さえ失くしていってしまう。
終盤ホーボー氏は人を探している過程で、自分が意図せず大変なことをしてしまったことに気が付きます。そして探していた人「 トム・トム・オーベル氏」の消息と自分との関係に気が付くのです。(この先は小説で確かめてください)
*次ページでは、この小説は世の中を風刺しているのではないかという視点で考察してみました。
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