【本のレビュー】成瀬は天下を取りにいく-宮島未奈著-感想

「成瀬は天下を取りにいく」宮島未奈著 新潮社刊 を読んだ感想です。
*個人的な感想を書いていますが若干ネタバレがあるかもしれません。
この記事を読む前に小説を読むことをお勧めします。

導入部のあらすじ

・舞台は滋賀県大津市。夏休みの7月末。

主人公の「成瀬あかり」は中学2年生、一人で何でもできる子。
語り手は同級生の「島崎みゆき」、自分では凡人だという。
二人とも同じマンションに住み同じ中学校に通っている。
成瀬の両親は滋賀県出身、西武への思い入れも強い。

マンションから歩いて5分の所に、大津唯一のデパート西武大津店がある。
西武大津店は1か月後の8月31日に営業を終了する。

「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
中2の夏休み、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出したー。

「成瀬は天下を取りにいく」書籍の帯より引用

成瀬と島崎が起こす色々な物語。

感想

成瀬と島崎の出会いから中学生活・高校生活、地域社会との関わり合いなどの物語、最後は卒業で終わる。成瀬とは普通とは少し変わってるけど一緒にいて成長できる友人で唯一の関係、爽やかな青春物語。

スッキリしている物語、潔くて明快で面白い。
(アニメ的に表現すれば、セクションペーパーの中央下の方から、マス目に沿って鉛筆の線が上に伸びていく。回りから伸びてきた線と交わっていく感じ)

読後感がスッキリしてるのは舞台が明快で、地元愛に裏付けされているからなのだろう。
地域内で話が始まって展開して終わる。成長物語としては意外に無いかもしれない。

頭が良くて自分でできる子。
少し変わっていてさっぱりした女の子なのだが、女子の目線で見ると色々あるらしい。
男子の目線とは違っている。

頭がいいのにどうして?などという画一的な目線で成瀬を見てはいけない。
彼女は自分で意識して目立とうとしていない、自然体なのだ。
影響を与えたいと思ってないし、影響を受けているという自覚もない。
年齢なりの姿は、なぜか同級生を惹き付ける。

成瀬が成長していく過程起こったこと、彼女が感じたことがそれだけで新しさがある。
正しいとか間違えているとかは関係ない。ある意味、成瀬の若い生き方、そのものを描いているから価値があるのだろう。

西武大津店は地域の象徴。彼女にとって特別な存在。小さい時の家族関係や学校の友達、生活するために必要な場所、なくてはならないものだった。
西武が失くなるという喪失感を生まれて初めて感じた。
西武大津店は会社として経営を最優先する。

それが成瀬にとっての始まりになった?

西武大津店が無くなるとき、それはうつろいゆく現実世界の一つとして存在する。
しかし中学生の成瀬にとっては受け入れがたい。その感情の揺れ動き・かたくなさも初々しい。

西武大津店をきっかけとして人間関係が広がり、次第に地域を盛り上げていく。
最後の方は小さい時西武を中心として生まれた生活圏や関係性が、無くなった今も自分達と繋がっていることを再確認する事となります。見事なまとめ方だと思う。

令和のヒーローがここにいる。

成瀬あかりは成瀬として生きる。
自分を信じて凛として生きる姿は初々しさと共にあおくさいところもある。
大人からしたら危ういが、子供からしたら真剣そのもの。

西武大津店の営業終了は寂しいけれども。かたちは無くなってもみんなの心に残り続ける。
大切にしていきたいこと、守りたいこと、様々な感情を教えてくれている。

普段は忙しいので田舎を振り返ることもない。自分の原点と同様に。
西武大津店がなくなる事をニュースで知る。SNSで繋がるのも現代ならでは、
都会では新たな建物が生まれる。田舎では知らない間に建物が無くなる。

どの程度愛していたかは、物語をなくしてから分かる。
喪失感は、“ただ新しい方がいい”では、代替えできない。
周りを見すぎていないか。常識を鵜吞みにしていないか。
自分にとって本当に大切なものはなんだろう?

情報の洪水の中で自分に関係のある事って実際は少ない。
自分を中心にして生きること。身近な人間関係を大事にしましょう。
そんなことも頭に浮かびました。

現代を見事に切り取っている快作。今のヒーローはこんな形で現れてくる。
成瀬は優れた能力を持っている、自分なりの意見を持っている。田舎の地に足をつけ物事を見ている。
希望に満ちる未来がある。そんな子が主人公だというのが嬉しい。

自分の育った地域を愛することができる、素敵なことだと思いました。

*最後までお読みいただきありがとうございました。
昭和生まれ中年おじさんの個人的な意見でした。