【本のレビュー】パンとスープとネコ日和-群ようこ著-感想-こだわりの食堂-母への想い-ネコとの愛おしい日々

*「パンとスープとネコ日和」群ようこ著 角川春樹事務所刊、本を読んだ感想です。
一部ネタバレ有ります。本を読んでから記事を読むことをお勧めします。

おもな登場人物

アキコ:53歳の女性、出版社をやめて食堂を開く。

カヨ:アキコの亡くなった母。小柄で色黒で男まさり、「お食事処カヨ」を経営していた。

たろ: 3歳のネコ。グレーのキジトラ柄。

亡き父:寺の住職だったらしい。断片的な情報はある。

しま:食堂の店員、大柄で愛嬌がある20代前半の女の子。

物語のあらすじ:冒頭から

53歳のアキコの身内は3歳のネコの“たろ”しかいない。
たった一人の身内だった母は、6年前に67歳で亡くなった。
母はお食事処を経営していた。

アキコは長年勤めていた出版社をやめて食堂を開いた。
メニューは日替わりのサンドイッチとスープ、サラダ、フルーツのみ。
安心できる食材を使うこだわりの店だ。
お店をやっているうちに色々な経験する。
店員としてしまちゃんを雇う。出会いもある。
アキコの食堂での忙しいけれど、愛おしい日々が始まった。

お店をやっていくうちに母との記憶がよみがえる。
よくわからなかった亡き父のことも知ることになる。

感想

親の死に直面することで知ることがある

母親がいなくなるという現実は、かならず訪れる。
同時に自分がなくなる・価値がなくなるという喪失感がある。
それに直面して気づく。

親や回りの価値観を基準として育ち、それに疑問を持つことも少ない。
それは人生の拠り所でもあるし、自分が幼くて弱かったから。

しかし母の死を前にしては・・下向いてばかりもいられない。
じっとしているとあなたのアイデンティティを示せ、とまわりから言われる。

一人だと思えば母に対しての見方も変わる。母に甘えて生きていたのだ。
自分に対しても疑問もある、何かが違っていたのかもと。

忙しく動いている若い時は気が付くことは少ないが、歳を経てわかることがある。
親との記憶を振り返ることで。

・アキコは振り返れど止まらない

アキコは、立ち止まっていていても何も解決しないと分かっている

自分が孤独になったということを感じつつも、負けるかという気負いはない。
落ち込んでばかりでないのが、アキコの性格。

そんな中年女子が、人生の転機に“新しいこと”を始める。
人生の終盤を迎える前、彼女の心の動きが細やかに愛おしく描かれている。

体が動いて気持ちがあるうちに、別の人生を歩いてみたいという願望がでてきた。

今まで頑張ってきたのも親がいたから、見ていてくれたから?
いや違う。あなたにはあなたの人生があるのだ

母と同じく食堂をやることになった

きたるべき人生の締切に対しての準備と言えなくもない。
そんな誰もが持っている自分の心の欲求に対して正直に生きる。
それがこだわりの“食堂”だった。
余力がある時にできること、挑戦である。
長い人生の終盤を生き抜く為の健全な活動ともいえる。
挑戦という言葉は年齢に関係なく存在しているから。

しかし憧れだけではダメ、若い頃と違って難しさは十二分に知っている。
それでも食堂をやっていこうと決意する。

アキコはサッパリしていて行動的。彼女らしく生きていく。
抜けた能力を持っているわけでもないけれど、とても自然で魅力的。

母との記憶を整理、新たな人との出会い

食堂を開くことになってアキコは母と向き合うことになる。
店を通じて母と同じ思いを感じることも出来た。
食堂をやることが母を理解するためのきっかけになった。

店員のしまちゃんを雇うことであらたなステージを開いた。

父親に対して知らないことが多く、母への誤解もあったのだが‥。
お店を開いたことでよく知らなかった父親の情報を知る。

母への想いが変化していく。父親の情報を知ることで、新たな出会いもあった。
アキコにとってお店を開くことは人生の転機であるとともに“必要なこと”でもあった?

たろは色々な感情を癒し流してくれた?

母を亡くしたアキコの心の傍に寄り添ってくれていた“猫のたろ”が去ってしまう。
ある意味戦友であった「たろ」、突然のことに気持ちが大きく動揺する。

たろは誰にも告げないでこの世にお別れをいう。とても悲しいことだ。

たろの死は、彼女をしばらく遠ざけていた母の死とリンクした?
隠していた母への悲しみが噴出して止まらなくなる。
後悔や懺悔もあったのかもしれない。
アキコは取り乱しながらも必死で自分をコントロールする。

・アキコは前を向く

アキコは悩みながらも挑戦しつづけて前を向く。
過去を乗り越えた先に、新たな出会いが生まれた。

できるだけ理解し受け入れて、それでも自分らしく。

*最後までお読みいただきありがとうございました。
群ようこ著 パンとスープとネコ日和、角川春樹事務所(ハルキ文庫)刊を読んだ感想でした。

【おすすめのところ】

アキコと亡き父との出会いがとても心に残りました。
(子孫の方の登場という間接的な描き方ではありますが‥‥)
母から聞いた話だけであった父の存在が次第に情報が増えていき具体的になる。その過程が俊逸。
アキコが幼いころから求めていたのは「父のこと」。
次第に明らかになっていく事実は、アキコの気持ちを清算していく、未来に向けていく。

群ようこさんの小説家としての技術が詰め込まれていると思いました。
個人的にはこの小説の読みどころだと思います。
興味を持った方は是非読んでみてください。