螢・納屋を焼く・その他の短編 新潮文庫より
【注意】ネタバレもありますのでご了解ください。
【時・場所】
時:1967年(昭和42年)から翌年の秋ころ
場所:東京都文京区の高台にある寮。
【登場人物】
僕(主人公の男性):東京の学生寮に住み大学に通う19歳。田舎の高校を卒業して上京してきた。中央線を使っている。
高校時代の親しい男友達:瞬間的に状況を見極める能力があり、他人の面白いところを探すのが上手。17歳の時に死んだので今はいない。
男友達の彼女:東京の郊外の女子大に通う大学生。高校はミッション系で主人公の男友達の彼女だった。誕生日は6月。中学時代は長距離走の選手、父と山登りもする。昔はふっくらとしていた頬も今は痩せているが綺麗。
*ミッションスクール:キリスト教団体が布教の目的で設立した学校。出典:広辞苑第三版
【あらすじ・導入】
(主人公の彼『僕』が14~15年前の自分が大学生の時の話を書いている。高校時代の友達の「彼女」に再会することで話が動いていく)
僕は18歳で大学に入り東京都文京区にある学生寮で一人暮らしを始めた。
門を入ると正面にケヤキの木がある。屋上から見ると右手に新宿があり左手には池袋が見える。
寮は相部屋で同居人は右翼の学生といった風貌で地理学を専攻していた。
僕は演劇の研究をしている、大学の成績はあまり良くない。
初めての共同生活だが同居人にも自分の意見はハッキリ言っていた。
そんなころ僕は電車で高校時代の友人の彼女と半年ぶりに再会する。
彼女と初めて会ったのは田舎で高校2年生のときで、彼女を紹介してくれたのは高校時代に仲の良かった友人だ。そして彼女と友人は幼馴染で恋人どうしだった。
しかし高校時代5月の夜、友人はガレッジの中で死んだ。
その時から僕の心の中には「ぼんやりとした空気のようなもの」が残った。
僕はその後彼女と月に1~2度デートをするようになる。
彼女との関係は少しづつ進展していくのだが、彼女の目は透明さを増していった…。
【感想と推測】
高校時代に「身近な友人の死」という解決できないことを抱えてしまった二人にとって、気持ちの整理には時間が過ぎるのを待つしかなかったと思うのだけれども、皮肉なのは、再会することで主人公の彼(僕)が「彼女を好きになってしまった」ことでした。
そこにこの話のテーマの一つであるのではないかと思いました。
その若い主人公の彼のできることとは、悲しみの中にいる彼女をみて「彼女が好きなので近くにいてあげたい」という事でした。
「彼女には時間が必要だということ」は分かっていてもそうするしかなかった。
そして彼は「時間が過ぎるのを待つなんてできない」ので「自分の力で元気にしたい」という気持ちに変化していきます。
自分の中で気持ちが揺れ動いていたのではないだろうか。
逆に彼女はといえば、心のなかで「昔の彼との思いが清算できていない」そして「主人公の彼の気持ちが分かってくるにつれて、それが重くなっている」ように見える。
その気持ちのすれ違いというか、どうしようもない隙間というか、それを小説内の「空間」や「風」で表現しているように思った。
「漠然とした空気の壁」「彼女の言葉の切れ端が、もぎとられたような格好で空中に浮かんでいた」などがそうです。
普通18~20歳の時間はもっと前向きで上を向いて生きていけるときで、日々楽しいことだけを考えていたり、妙に感傷的になったみたり、ナルシストになってみたり、まるで自分がこの世界の中心にいるような錯覚で生きてみたり、そんなフワフワとした生活を送ってもいい時である。
青春の一ページに「空白のページ」ばかりが挟まれていくのはどういう気持ちになるのであろう。
これは想像しただけでとても悲しいことです。
その空間に、「都会には不似合いな」弱った螢が出てくる。
その光は主人公の彼が田舎で覚えている沢山の螢の光よりずっと弱いものだった。
彼が瓶から螢を出してあげたとき、「螢は自分の置かれた状況がうまくつかめないようだった」「螢は失った時間を取り戻そうとするかのように」素早く弧を描き東へ飛び立っていく。
そして螢は消えてしまいます。
【主人公の二人に近づいてみた】
この小説では、彼女を相手する主人公の彼(僕)はクールで冷静に見えるが、実際は田舎から出てきた「少しすれているが普通の高校生」で、意外に男気のある熱い子だったのではないかと思う。
それは悲しみに沈む彼女をどうにかして元気づけようとしている姿に出ている。
しかし彼女の眼に変化はなかったので、彼は彼女の眼に「透明なもの」を観るたびに悲しくなっている。
彼女の眼の中に光をともしてあげようとしているのが分かる。しかし彼にそれはかなわなかった。
また彼女は途中ひたすら歩いたり、彼と四谷駅周辺を一周してしまうほどの健脚で、彼の先を歩くとか「きっと健康的で自分もある普通の女の子であった」のだと思う、恋人の死が無ければ。
二人の性格や関係がリアルに伝わってきました。
この小説は田舎から都会にきて再会した二人若者の話で、「普通だととても明るい恋話」なのだろうが、この小説は過去に悲しい事があったのでそれとは違う話になっている。
都会のクリアーな描写の上に、青春の一ページが鮮やかに描かれていると思いました。
透明感がすばらしいです。
彼と彼女がまたどこかで出会えていればいいなと思いました。
*この小説は主人公の「僕」が35歳位の時に昔を回想している小説なので、彼女と別れた20歳から35歳の間に彼女に会えたのかどうかは書かれていません。