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江戸時代の宿屋-夜イメージ

国木田独歩著-忘れえぬ人々-感想


あさひふれんど千葉東銀座出版社刊  房総文芸選集 国木田独歩集より




名前は知っているがどんな文章を書いていたのか知らない。恥ずかしながら初めて国木田独歩の短編を読んでみました。







「忘れえぬ人々」




【時代】明治31年3月初め曇り、昨日雪が降ったので雪が残り北風が強く吹いている。
【場所】多摩川の二子の渡しを渡った溝口という淋しい宿場
【舞台】亀屋という旅人屋(はたごや)
【登場人物】
旅人宿の主人:60歳くらいで太っている。
7番の客:大津弁二郎、20代後半の無名の文学者、鳥打帽をかぶり洋服をきてカバンを持っている。
6番の客:秋山松之助、25~26歳の無名の画家、赤ら顔の肥満でニコニコしている。
お婆さん:55~56歳で小柄。




【あらすじ~導入】
田舎の同じ宿屋に泊まった20代の二人の男、無名の画家と無名の文学者だ。二人は夜遅くまで会話が弾み、大津は自分の書いた「忘れえぬ人々」を秋山に読んで聞かせることにした。




その忘れえぬ人々の一人目は、瀬戸内通いの汽船に乗って内海を航するのだが、淋しい島影の小さな磯で漁をしている人である。




二人目は阿蘇の草原から降りて宮地(みやじ)という宿場のにぎわいの中、村人は1日の仕事の終いに忙しく子供は薄暗い垣根の影やかまどの火の見える軒先に集まって、笑ったり歌ったり泣いたりしている。その村落の人語が遠くなったころ、今来た道から荷車の音が林などに反射して近づいてきた。ほがらかなすんだ馬子唄をろうろうと手綱を引いて近づいてきた24~25歳の屈強な若者である。




三人目は四国の三津ヶ浜に一泊して汽船便を待っている時、魚市場の賑やかな雑踏を抜けて街の端に出ると琵琶の音がした。45~46歳位の四角い顔の琵琶僧が立っていた。巷の人は一人もその僧を顧みない。その琵琶僧である。




この三人が忘れえぬ人々であるという。




途中だが、大津は原稿をおいてしばらく考え込むと「もう止そう、夜も更けるから」と秋山に言って、なぜこれらの人々を忘れることができないのかについて話し始めるのだ。




【この小説の印象】
とにかく情報量が多い小説だ。難しい表現も多いのだが、テンポはいいので読みにくさはない。描写が細かくて的確なので画面が映画のように頭に浮かんでくる。頭の中スクリーンに映ってゆっくりと流れていくようだ。
しかし言葉の一つ一つを読み飛ばしてしまうと、たちまちその世界に隙間が出来てしまうので注意して集中して読まなければいけない。正確に言葉の意味をつかんでいけば必ず大きいビジョンが完成するのだろう。それが何を意味するのかはその人の読む力のよって変わる。こうした作者と読者の共同作業でこの小説が完成する。
その人なりの感想がえがけるという独歩のやさしさも感じた小説でした。




【感想】
自然の描写や人々の様子が丁寧に綴られている。




この小説の興味は「忘れ得ぬ人々」とはどういう人で、筆者はどう思っているかということだ。




気になる文章として小説前半の「忘れ得ぬ人は必ずしも忘れて叶うまじき人にあらず」「親と子とかまたは朋友知己そのほか自分の世話になった教師先輩の如きは、つまり単に忘れ得ぬ人のみとはいえない。忘れて叶うまじき人といわなければならない」と書かれている。




自分の経験でもあるが、訳もなくある場面に遭遇した時に自分の感覚(過去?)が少し刺激され、その引っかかりが後で『どこかで経験したかも』『来たことがあるかも』という経験は誰でもあると思う。自分の場合はこういう場面って以前にも見たこと(体験したこと)あるような気がするということは多い。




また普通の生活の中でも、ふと意味もなく訳もなく、バス旅行に行ったときのあの風景とか、一緒に仕事を居ていた仲間、親戚の人などをふと思い出すことがある。散漫だからだよと言われればそういうものかもしれないが。




しかしこの小説の忘れ得ぬ人々は、そういうことでもなく「ほんの赤の他人であって、本来いうと忘れてしまったところで義理をも人情をも欠かないで、しかも終に忘れてしまうことの出来ない人がある」という人だ。




後半で忘れ得ぬ人々は、同じくこの地球に生きていて我と他との相違なく生きるものであり、「相携えて無窮の天に帰る者ではないか」という。

「心の底から起こって来て我知らず涙が頬をつたうことがある」と書いている。




その次の文章を読むと忘れ得ぬ人々は「心の平穏」や「自由」を感じる人といい、「名利競争の俗念消えてすべての物に対する同情の念の深いときはない」これが登場人物、大津が書きたいテーマであると言っている。




小説の肝心要を書いていると思われる一説がある。

最後の方で「僕の心の中に浮かんで来るのは則ちこれ等の人々である。そうでない、これ等の人々を見た時の周囲の光景のうちに立つこれ等の人々である」と。周囲の光景とうちに立つこれ等の人々、この組み合わせで思い出すのである。自然と人の関係で頭の中に記憶される。




「宇宙というか人間もその悠久の時の中で懸命に生きている。そこでは自我も太刀打ちは出来ない。はかない運命だ」という事がいいたかったのかなと思う。




最後にちょっとしたオチが用意されているが、小説のテーマ、難しい事を言った後なので心が和らいだ。
尋常でない独歩の文章力を感じた。表現に無駄がないというか今まで読んだことのない文章です。違う小説も読んでみたいと思いました。まだ読んでいない方は一度読んでみてはいかがでしょうか。




【無窮(むきゅう)】きわまりないこと、無限。
【名利(めいり)】名誉と利益。
【悠久】長く久しいこと、永久。
*広辞苑第三より引用しました。