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ねこイメージ切り絵

「繰り返す猫ブーム」NHK不思議な猫世界-第1回-感想


NHK不思議な猫世界 第1回「繰り返す猫ブーム」を視聴しました。面白い放送でした。『放送内容』と『自分の視聴した感想』をまとめてみました。
(放送したのは2018年です)




【冒頭】




2017年のデーターですが、猫が犬の飼育頭数を追い抜きました。
猫ブームは今に始まったわけではありません。今回のブームは「第3次ブーム」になります。




【第1次猫ブーム】




第1次猫ブームは、1100年前の平安時代におきました。猫は、財力のある貴族などセレブな人にしか飼うことのできない高級ペットでした。

【日本最古の猫自慢】
記録に残っているのは、宇多天皇(867~931年)が自身の日記「寛平御記(かんぴょうぎょぎ)」で猫自慢をしています。
「どの黒猫よりも真っ黒で美しい墨のようだ」
この記述が「日本最古の猫自慢」記録と言われています。




【感想】自慢したくなるのわかります。ほんと真っ黒な猫でつやが良かったりすると何か高貴な感じがします。瞳のなかに色がついていたりすると目立ちますし、怪しく気まぐれな雰囲気?もあり、目を合わせると「ジジっ」と見てしまいます。黒猫だから気まぐれというわけではないのでしょうけど。




【日本で最初につけられた猫の名前】
一条天皇(980~1011)は猫に「命婦のおとど」と名付けました。記録に残る「日本で最初につけられた猫の名前」と言われています。高貴な方に愛されるペットだったんです。




『命婦(みょうぶ)とは』
令制で、4位5位の女官および5位以下の官人の妻の称。内侍司(ないしのつかさ:後宮十二司の一)の中級女官の総称。
『おとどとは』
大臣や貴婦人の敬称。
出典:広辞苑第三版




【第2次猫ブーム】




江戸時代になると猫を飼う習慣は庶民へとひろまりました。第2次猫ブームです。
猫が特に大活躍したのは「養蚕農家」でした。ネズミから蚕を守るために猫を飼いだしたのです。
庶民も最初はネズミ退治のために飼っていました。「猫の書かれたお札」を家に貼ってネズミ向けのお守りとしていました。
のちにペットになっていきました。




いかに庶民に浸透していたかを示す絵があります。

「其のまま地口、猫飼好五十三疋」です。東海道五十三次をパロディ化したものでした。色々な猫の姿があり、猫の日々の生活が生き生きと描かれています。




【落語のなかの猫】




落語と猫は意外に近い存在でした。
猫の落語の例として「猫の皿」を紹介します。




『猫の皿』
骨董屋が旅の途中で茶店に寄ったら、茶店の婆さんが猫にご飯をあげている。「絵高麗の梅鉢の皿」という高級なお皿で猫にご飯を食べさせているので、皿の価値を知らないと思った骨董屋は、猫を3両で売って欲しいといい買うことになる。そして皿も売ってくれと頼むと300両だという。婆さんは皿の価値を知っていたのだ。なぜ高いお皿で食べさせているのか理由を聞くと、「このお皿で食べさせていると、たまに猫が3両で売れるから」と言われる、これがオチだ。




*他にも猫が出てくる落語として、「猫の災難」「猫忠(猫の忠信)」がある。




【江戸時代の猫に関する疑問】




・江戸時代のペットはなぜ犬でなくて猫であったのか?
猫がねずみを取ってくれることと、住まいが長屋で狭かったのが理由。犬は大きいし吠えるので近所迷惑でした。もちろんかわいいので趣味と実益を兼ねていました。




・江戸時代に猫を売っている店はあったのか?
猫のブリーダーからもらってくることが多かったそうです。




・猫は何を食べていたのでしょう。
江戸時代も「カツオ節をかけた猫まんま」を与えていました。「サバ」や「タイ」も食べていました。江戸時代はキャットフードは無かったので人間の食べているものを与えていました。江戸前の「茹でたあさり」や「焼き魚のほぐし身」を混ぜて食べていました。食べるときの入れ物は「アワビの貝殻」を使用していたそうです。




【歌川国芳】-江戸時代の猫作家




猫の絵としては、歌川国芳(1797~1861)が有名です。
武者絵で一世を博しましたが、猫もたくさん描きました。可愛い猫もたくさん残しています。




国芳は猫が大好きで猫と一緒にくらしていたので、絵を書く時に懐にいれることもあった。生態に詳しかったので猫の動きを描いています。他の絵師と違う所でした。




国芳は猫の擬人絵も描いている。
「流行猫の曲手まり」が代表作である。絵の中で猫の好きなものや猫に関するアイテム(鈴・小判)を猫の着物の柄に描いたりして人々が喜ぶような表現をしました。
【感想】今人気の『猫グッツ』のはしりですかね。絵師として猫好きの人のハートをガッチリつかむ、商売上手ですね。




この時代幕府は「天保の改革」で庶民の娯楽を禁止します。国芳はそれを逆手にとりました。猫を役者顔にして「流行猫のおも入」などを描きました。
また現代のグラフィックデザインのような作品「猫の当字」も有名。猫の遊んでいる姿を「かつを」という文字の中にうまくはめ込んで描いています。猫をデザイン化してしまう素晴らしいものです。
国芳は独特の造形センスを持っていました。
国芳の絵は庶民の猫人気に拍車をかけていきました。

*天保の改革
1841~43年(天保12~14年)、老中水野忠邦が行った幕府の改革政治。勤倹を旨とし、風俗を匡正し、諸問屋を解散、物価値下げを命じた。幕府再建に努めたが、その方法過激に過ぎ、失敗に帰した。
出典:広辞苑第三版




【江戸時代の猫医】




猫の医者もいました。主に漢方系の治療であり、おなかの調子を良くする整腸剤猫のお灸もありました。お灸は猫の尾てい骨(尻尾の付け根)にしました。体を活性化する効果があり今の獣医さんも行っています。




【当時の猫の環境】




夏バテ防止にウナギの蒲焼もあげていました。
猫砂も使っていました、木箱に砂を入れて『ふんし』(はし)も使っていました。
【感想】今と変わらないというか、食べ物については今よりも良いものを食べていたのではないかと思いました。驚きです。




【猫塚】 -回向院




猫塚は、1816年東京都墨田区(両国)の諸宗山・回向院(えこういん)に猫の供養のために建てられました。猫塚の隣には「ねずみ小僧」の墓があるそうです。




*回向院(えこういん)
【住所】東京都墨田区両国2-8-10
【交通】
JR総武線両国駅西口より徒歩3分、
地下鉄大江戸線両国駅より徒歩10分








回向院は、江戸時代に「明暦の大火」(で亡くなった無縁仏をほうむるために作られたお寺。明暦の大火とは、明暦三年(1857)正月に江戸市街の大部分を焼き払った大火事。死者10余万人。本郷丸山町の本妙寺で施餓鬼(せがき)に焼いた振袖が空中に舞い上がって大火の因をなしたといわれ、俗に振袖火事と称された。
施餓鬼とは、無縁の亡者の霊に飲食を施す法会。
出典:広辞苑第三版




*番組の内容に、自分で調べたことを加筆しています。