不条理世界を進む主人公-ホーボー氏が面白い-「眠り島」別役実著-感想2

なぜか笑ってしまう。不条理な舞台が主人公を追い詰める。
「眠り島」(ねむりじま)が生み出す“底なしの不思議世界”。
*「眠り島」別役実著 白水社刊 を読んだ感想その2 になります。

【不条理】とは

実存主義的な用語として、人生に意義を見出す望みがないことにいい、絶望的な状況、限界状況を指すのに用いられる。出典:広辞苑第三版

主人公ホーボー氏の特異性

物語を作るうえでのセオリーとして、「主人公を困らせる」というのがある。
障害物であったり乗り越えなければならない試練だったり、主人公の行く先に置くことで、主人公(キャラクター)を立てたり、彼の成長を描くことが物語になるというものだ。

普通の人なんだけれども、努力し成長することで魅力的なキャラクターになっていくというのが読者の共感を得ていくというものだ。

しかし主人公のホーボー氏はそういう定型の形に収まっていない。
決して型破りで大物・「枠に入りきらないというもの」ではない。

本に書かれているように、ホーボー氏は「苦難」をみないものとして通り過ぎるのを待つような消極的な生き方で、とても主人公を張れるようなキャラクターではないのだ。
【注意】私の意見です。

誰の仕業なのだろう、彼をその主役の座から降ろすものはいなくて、むしろ彼が避けたいことは無視して、仕事をするように仕向けていく。

物語的に言えば、ホーボー氏自身の人生はおそらく退屈な話なのだが、それを無理やりに冒険物語の主役にしているようなものだ。

つまりホーボー氏は自分でもわかっているように主役向きでない。
ペナルティや出来そうもない仕事を与えられたのも「出来れば避けたい仕事」なのである。

だから本来はとても重苦しい物語のはずなのだが、舞台が突拍子もない「眠り島」という不思議な設定なのでその重さが許されない。

「中に入ってしまうと自分がどこにいるのかさえわからなくなってしまうような島」である。
不思議な人も多いし、何かを暗示していると思われる地名や言葉も多い。

そんな舞台なので、読者はホーボー氏の立場になって、その力のなさを同情する訳でもなく、力になってあげたいというわけでもなく、主人公の魅力も読む意欲を掻き立てる動機も無いけれども、疑問を持ちながらも付き合って読むことができるのだ。

そこが、この淡々と進む物語こそが「小説のキモ」である。
つまりホーボー氏自体が前に進みたくないのに後ろから押されて、非常に不条理な世界にすすみ物語を形成しているのだ。
言い方を変えると不条理な設定に翻弄されているのである。

そして小説としては「凄い冒険をしている」といわざるをえない。(作者がしこんだにしても)
常識にとらわれていない作り方をしている。

「眠り島」をすすむホーボー氏の面白さ

ホーボー氏は「社会の闇に切り込んでいく調査員」を押し付けれらたりして、その受け身の姿勢がますます事態を悪化させていくのがおかしい。

ところどころ彼の行動に対して笑ってしまうのは、その部分が琴線に触れるからなのかもしれない。

読者はまよいながらも別役さんの手のひらの上にいる。
物語が思うように動いていないようで最終的にはハッピーエンドで終わるのだ。
その結末は何かを暗示しているのだが。

部分的に異常に面白い箇所があって急に笑ってしまうのだが、なぜ笑ったのと聞かれると「どうして?」と自分に聞いてしまう。
自分でもよく分かっていないのに笑っている部分も多い。

物語が「不思議」でできている、そしてそれ以上でもなければそれ以下でもない。
そして根底にあるのは「不条理」だ。

結局何を語っているのかについては何回か読まなければならないだろう。
ひょっとしたら永遠に分からないのかもしれない。そういう本です。
でも別役さんファンにとってはそこがたまらないのかもしれない。

理解しにくい世界なのだけれども、奥に入っていくと実際にある社会の縮図であったりする。

そしてホーボー氏について深読みすれば「普通の人間が無難に生きることの難しさ」や「人生の複雑さ」を示唆しているようでもあり、全くしていないようでもあり、その辺が興味深いし面白い。

決して楽に読める本ではないが、興味のある方は是非読んでみてください。
*最後までお読みいただきありがとうございました。