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初めての「オンライン授業」と「花子さん」の思い出


「いきなりの状況に戸惑っていました、まともに化粧も出来ないほど」




「あれは2年前の話です」
「私が新任で配属された学校は田舎町の小学校でした」
当時は「感染症の発生」で大変な状況でした。学校は一時休校へと追い込まれました。小学校の生徒はかわいそうでした。
政府は学校再開の教育について「オンライン学習」について真剣に取り組み始めました。




言い訳はいけないのですが、田舎町の学校でのパソコン導入からオンライン授業を行うまでの取り組みは大変な工程が必要でした。学校も大変ですが、子供は個々に準備が必要で環境が違うからです。




オンライン授業が開始されて最初の数日のことは忘れることが出来ません。何とかセッティングがうまくいって、授業が始められた時のうれしさや感動と、安堵は一生忘れることは出来ません。




子供を取り巻く状況は厳しい社会情勢と直結していました。父母子とずっと家にいると家庭内でも慣れないことの連続で、家族間もいらだっていました。

子供もそんな周りの状況をよく観察しているので、朝パソコン画面越しに子供の顔を見ると、どうしても「みんなどうしていたかな」という目で見ていました。笑顔で出てくるとホッとしましたし、顔が浮かない表情だと家で何かあったんじゃないだろうかと心配になったものです。
しかし授業中に直接言う事はできませんでした。「教室だったら一人ひとりの横に行って小声で聞いたりアドバイスするようなこと」がオンラインではできないのです。
ひとりに話すと全員に話す形になるからです。それはイコール、特定の子の悩みをクラスの皆に聞かれてしまう事になるからです。

みんなが一堂に顔を見せているので、「家の中の乱雑な様子」や「あの子が親が変だ」とか言うのは、全員が確認できてしまうというマイナス点もありました。
結局、授業終了後個別に、親御さんへ電話を入れて修復を試みたり、足りなかった点を補足したり子供の様子を再確認したりしてました。




授業内容も決して満足のいく内容ではなかった。これといったマニュアルもないので自分で工夫して作ったものを子供に説明してその理解度を確認しながらの授業なので、みんなついてきているのか不安でした、時間もかかりました。内容も十分ではありませんでした。

回線の乱れで画面がフリーズしてしまったり、音声が遅れる場合もあります。肝心の質問に対する答えが途切れてしまったりして、みんなからブーイングが出たりしてドタバタです。まあ創成期なので仕方ありません。




オンライン授業がある程度消化できると、オンラインでのテストを行ないました。うちのC組は平均点が60点で4年生では一番いい成績でした。校長先生から誉められました、いい思い出です。




あっ、すいません。自己紹介が遅れていました。
私は教員になって2年たちます。田舎町のK小学校C組担任の「Y」です。
この話のころは、教員として春から地方のK小学校に配属になった時期でした。
教育系の女子大では中くらいの成績で、これといって目立つ所もなく、読書と旅行に行くのが趣味です。




さきほどの話に戻ると、実際新卒で学校に初めて配属されて、いきなりオンライン授業なんて考えてもいませんでした。
初めて会う自分の担当の子に対して、顔見ながらパソコン画面で授業する。
まるで宇宙空間をよく知らないのに、『宇宙服を着てスペースシャトルの外壁の傷を確認してくる』という位の衝撃がありました。




すべてが手探りだったんです。
生徒の名前を覚えて、一生懸命でした。生徒も必死でしたが、さすがに今の子は違いますね、パソコンや機器に慣れるのも早いのに驚きました。
また今までの教室での授業は、生徒みんな前を向いて授業していましたので、当然生徒は他の子の顔を見ることはできません。しかしオンラインでは、パソコン画面でみんなの顔が観ることができるので新鮮でした、子供も面白いようでキラキラしていました。




私の思い出はその時起こったちょっとした事件です。
それは、オンライン授業が始まって初日。画面に向かって授業を始めた時です。
初日が終了して、「振り返りのビデオ」を見ていた時のことです。画面になにか違和感がありました。そして気が付いたんです。この画面には生徒が一人多いという事に。
名簿を見返しました。やはり一人多かった。
出席を取らなかったのも自分のミスでした。落ち込みました。




土日を挟んで翌月曜日もオンライン授業でしたので、そこでもう一度確認することにしました。初めて生徒を前にして私の授業のデビューとなりました。しかし余裕はゼロです。
この子背が高く大人っぽいとか、髪の毛がきれいだなとか、動きが活発で落ち着きのない子とか、特徴があって覚えるのが楽しみになったのは後々でした。
その時は子供に気が付かれないように人数を数えました。やはり画面が一人多かった。
誰なんだろう、授業が終わった後自分の教室でひとりひとり確認していきました。

「発見しました」
画面は20人表示可能なのですが、その分割画面の一番右側の列の下から2番目のおかっぱ頭の女の子でした。その子の名前が名簿にないのです。画面も暗くてピントがあっていないのでなおさら怖くなりました。




背筋が寒くなりました。この中学校に昔から伝わる「神社の花子さん」なんじゃないかと。




このオンライン時代にそれはないよと、自分で自分を納得させました。
しかし翌日またパソコン立ち上げたときに右下を見たときにその子がいた時にどうしたらいいだろう。それを考えただけで恐ろしくなりました。気分が落ち着きません。
トイレに行って頭を冷やすことにしました。学校のトイレは広々としています。Y子にとっては久しぶりです。照明スイッチの場所が分からなくて焦りました。
蛍光灯の下のトイレは殺風景で不気味です。
私がこの学校に配属されるにあたり、変な話を聞いたのを思い出しました。




この地域には昔からの伝説があります。現在の校舎の裏手には「小さな神社」があって、後ろの裏山で土砂崩れ事故があり神社が埋まってしまった。その事故以来地元の女の子が行方不明になった。そして神社は復旧したのですが、境内で子供たちが「かくれんぼ」などで遊んでいると、人数が一人多いのです。確認すると多いのは「女の子」でした。そして学校が出来た後も現れているらしいのです。

今その場所近くに校舎が建っています。それ以来夕方になると校庭や教室に遊びに来る。生徒は代々「神社の花子さん」と呼んで怖がっているそうです。
背筋が寒くなってきました。トイレの電気を消して早々に戻りました。




講堂には他にも先生が数人いました。感染症対策でみんな離れて座り、忙しく翌日の段取りを組んでいました。当然ですがベテランの先生も初めての事ばかりで余裕はありません。
私も顔見知りもいなくて悩んでいました。




そこへ教員教習の時に話を聞いたS先生が通り過ぎました。S先生は一つ席を空けて向こう側に座りました。




しばらくS先生を見ていると、少し大きめの声で話かけてくれました。
「どうですか、Y先生、初めて生徒を前にしての感想は」
「初めての事ばかりで‥‥失敗の連続です。」
「赴任して初めてなのに色々大変ですね」
いましかない、 自然と小さい声になりましたが、正直に言いました。
「S先生困りました、自分のミスなんですが、今悩んでいます。」




S先生は勤務8年のベテラン、怒られるのは覚悟の上です。
「‥‥担任の子が、生徒が一人多いんです」
「どうしたらいいんでしょうか?教えてください」
B先生は同学年の他のクラス担当の先生に聞いてくれました。色々聞いて歩いているうちに同じ学年の隣のB組担当の先生が思いだしてくれました。




「伝えるのを忘れていた」、理由はあっけなく分かりました。




となりのB組担当の先生がいうには、子供が一人急遽追加になったったというんですね。顔写真を見せてもらいました。その子に間違いありませんでした。
その子はこの地域より山間に上がった分校の生徒です。始めは予定になかったのですが、その分校は4年生が一人だけなので、今回リモートなので授業に加えてほしいと言われたらしいのです。




その後調べて分かったのですが、システムをセットするためにその子の家に行った時に、システムメーカーのサービスマンが設定を間違えたらしいのです。クラスもはっきりと決まっていなかったせいもありました。
設定を変更して無事に問題は解決しました。システムの変更というのは色々ありますね。




ホッ」としました。
落ち着いて出席の確認も出来るようになってきました。名簿も整理整頓しました。




あれから2年たちました。今は小学校は感染症が流行る前の状況に近くなりました。しかし分散登校とオンライン授業は常識になりました。




そして今日はB・C組含め学校の卒業式です。生徒は厳格なルールのもと、講堂にあつまりました、校長先生の祝辞を聞きました。




我々は距離を保ちながら行動の四隅に分かれて座りました。実際にみんなと一緒の卒業式は感動的でした。みんな声は出さなくても手を振ったり表現豊かです。たくましくなってきました
苦労しただけに感動もひとしおです。涙が自然に流れてきました。生徒も泣いています。私も努力はしましたが、それ以上子供は大変だったと思います。涙がとめどなく流れてきました。




健康で平和に暮らすのが一番です。まだ世の中は道半ばですが、今は少しの幸せをありがたいと思えるようになりました。大学にいたころのノンビリとした自分が遠く思えます。
環境が整っていての学びであり、親・先生が教えてくれて一人前の人間になれる。周りの支援があるから子供たちは、勉強できるのです。




結局この2年間、「神社の花子さん」を気にする余裕はもてませんでした。
もっと平和で安心できる時がきたら、「もういいよ」「出てきていいよ」と教えてあげようと思います。

(END)