*「エディターシップ」外山滋比古著 みすず書房刊(1964年)を読んだ感想になります。
「エディターシップ」という言葉はご存知でしょうか。「思考の整理学」にも登場します。「思考の整理学」は外山先生の独特の言い回しが沢山でてくる。面白いけれど理解が難しかった。そこで先生の書かれた「エディターシップ」を読んで、その疑問を解きたいと思いました。
*ネタバレがあります。先に本を読まれることをお勧めします。
用語「editorship : エディターシップ」の意味
【editorship】とは?
1.編集者の地位、[権限;編集上の指示 2.校訂【editor】とは、1 (新聞・雑誌などの) 主筆、(出版社の)編集長、編集責任者(新聞・雑誌などの各部門の)、主任記者、編集局長
(*「英和中辞典」小学館刊より)
先生はこの本の中で自分の言う「エディターシップ」は、単語の意味とは違うといっている。
本の紹介、エディターシップとは
「エディターシップ」とは何か。これは狭義の「編集者論」とか「編集技術論」に限定される概念ではない。本書は、人がつね日頃行なっている知的活動の原理をエディターシップと名づけ、 その「かくれた」機能の諸相を、文化一般の問題とかかわる地平において考察したものである。
近代文化の利器たる「分析」に対するもう一つの方法、それは「切る」 より「つなぐ」ことに注目し、触媒のように精神の「化合」を助けるものである。統合作用によって創造される新しい文化価値の発見を通して、明日の文化論を構想する、示唆的な力作。
*「エディターシップ」外山滋比古著 みすず書房刊、裏表紙より一部を引用しました
【注意】本の目次は「」内に書いています。引用している部分の最後にはPを入れています。(カッコ内の*印文章については、私個人の解釈です。)読む時にご注意ください。
*この記事は引用はありますが、「エディターシップ」を読んだ個人的な意見でしかありません。本を一側面から見た断片的なものです。エディターシップへの興味から書いています。
エディターシップ
「ある経験」「輝かしき編集」「見つけて育てる」
最初は、外山滋比古さんの編集経験。
編集の手法としてのエディターシップ。編集は学術研究書など専門的なことよりは、創作関係において特によく働くという。
(*編集は分析よりも創造的なことに向いている?)
(編集者の仕事例としては、筆者へのアドバイスや、精神的に支えて作家を育て開花させる。 外国の例はコンダクターとして本の製作などの指揮すること。)
編集者の仕事は、すぐれた執筆者をさがし、 望ましい読者をさがし、両者の橋渡しをすること。(P30)(編集者自身が触媒)
編集者の機能として貴重なのは、編集者の精神に触れることにおて、読者の心に眠っているある部分が動き出すこと。(P33)
(編集機能も触媒作用?)
・編集とは創作物の化合を助けて「触媒」の様に働く。その働きは形として残らない。これがエディターシップのひとつであるという。
「アンソロジー」
日本の小説など出版の歴史を振りかえると、“選者に縛りをかける傾向があり、取捨選択をする事を避けた”。(縛りとは、“捨てるべきとしたこと”であり“公正な判断力をもって選ぶべき”としたこと)
全部を提供して読者の判断に委ねる。 エディターシップは不在であった。
“表現として残るものの価値は時間の経過することで自然にわかってくる”方がいいとした。(「アンソロジー」がその代表的なもので、昔から詩歌などで存在していた方法。)
アンソロジーをつくる作用は、エディターシップ。
対象の重要な部分に注目して日々繰り返されことで現実感を構成する。
(*かさなって歴史をつくる?)
「変化の論理」
専門にたてこもる人は植物性タイプの人。自由に動きまわる人は、動物性タイプの人
近代文化は知的分業から知識を探究してきた植物的文化が強い。流動性に欠けていて非創造的という。
そこで結合に作用するのが動詞的人間で、他者の結合に作用し、同時に自らも変化する。
しかし触媒作用は違う性質を持つという。
【触媒作用】
(P60)
“化合でいうと、AとBだけでは決して化合しないときに、Cという触媒があると化合を起こすとき、これを触媒反応という。化合が終わったあとも触媒Cにもなんら変化はみられない”
編集に大事なのは【触媒的作用の存在】
編集者は流動的であるが、編集者をかりに動詞的人間とすると、編集者自身が編集から影響を受けて、本来の流動的性格を失っていくこともある。
一方変化に立会うことはするが、それ自体は変化しない触媒的存在がある。
対象との間に距離をもちながら対象同士を結びつける作用をもつ。
(編集とはこの触媒作用を意識的に発動する仕事ではないかという)
(T.S、エリオットは、“詩人の創造過程”をこの触媒反応にたとえ、詩人の精神を触媒剤に擬した。(P61))
創作活動における触媒反応は、『人間の精神活動の全般』にわたって認められる。
【触媒的結合】は創造と発見
人間の中には元々触媒的機能をそなえていて、自然的、論理的結合の段階を卒業した精神は“異類の結合”を求める。
統合は不調和の調和の性格も帯びている。
不調和の調和は、リズムをもつ論理でとらえられた高度の統合である。(P66)
(*これが物語を(テーマを)おもしろく ・する要素なのだろうか?)
どんな生活でも、精神の内部においては、無意識に活発な「触媒的結合」、すなわち、創造、発見が繰り返されている。
「統合の傾向」
波瀾に富んだ人生というのは、相互に異質な要素の織りこまれた統合作用の結果であり、 それが自他ともに生甲斐の喜びを与える。
何を運びだし、どう統合していくかはそれぞれの人で違うもの。(P81)
人間は生まれながらの無自覚のエディター。
「コンテクスト」
入社試験の話から、会社組織における“選抜”のもつ傾向を語る、人の選択には、価値基準があるので、 選ばれた人には選考した人の付加価値がプラスされている。
“選ぶことの意味は、対象をその本来の環境条件から引き離して、新しい条件の中へ置くこと”であり、 関わりのなかったもの同士が結ばれて新しい意味をもつ。(P86)(*適材を適所にすえるのは編集感覚と似ている?)
【話は数字の組み合わせに】
数字の組み合わせは理論上可能なものだが、人間(世界)の組み合わせには「場(コンテクスト)」 が必要である。
現実には、人間が作るので許容できる好ましい場になる。 その(決まった)場から離脱して、自由で新しい結合を許すことで「場」に立つことができれば、未踏の分野が開ける。(P88)
(*創造する力?)
コンテクストから、自由なものの見方について語る。 部分のまとめ方について、統合されて“全体化”されるまで。
作品が部分と全体との関係性には、宇宙的概念が必要で重層的多元的構造にある無数の関係がない群を結び合わせる調和の機能がエディターシップである。
エディターシップは、編集だけの問題ではなく、その統合する力は、 人間すべての認識にとって根本的な重要性をもつもののように思われる。 (P94)
「つなぎ」
日常の思考は言語によって大きな影響をうけている、言語的結合、文法について、長編の物語「額縁物語」から結合について語る。
源氏物語などに見られる「額縁物語」は、全体を通じて共通の人物があって、筋の展開をいくつかの短篇で描くもので、いわば自然の論理によって貫かれている。
一方部分をなす物語が、相互に関連をもたないようなものを編集して長篇にする額縁物語もある。(P106)ひとつひとつを単独で見たときと、全体の中において考えれときでは違った効果を持つ。
その額縁物語は、作品の配列により、そのモンタージュー効果が発見されたときに生れる。(編集作業でも結合と離れ関連していないものがある)
われわれの世界は、自分の感覚や知覚が撮影した心のフィルムをカットしてつなぎあわせた映画のようなものではないだろうか?(P110)
人間は、それぞれ経験や知識など知られたものを結合し、各人がエディターとして編んだ人為の世界ではないか。心理的世界の投射にはかならないという。
「アイロニーの三角形」
人間の伝達の不思議、第三者視点の大切さについて語る。
ものの理解はそれが成り立つコンテクストに大きく左右される。歴史など時に当事者の解釈よりも第三者の解釈が優先されることがある。コンテクストの意味について考える。(P117)
「二次的創造」
カクテルから日本文化について語る。学生などが参考書から抜き出して作った論文はカクテルのようなものという。
酒、絵画、食物、料理、服飾を作曲を例として、第二次的創造とは第一次的創造にはない価値を付加することにほかならないという。
第二次的創造とは調合の機能だった。日本の文学は、作品を書く作家が絶対的権威をもち第一次的創造が優先される。作品の批評や解釈などの第二次的創造は、独立の価値を認められていないと述べる。
エディターシップは、基本的創造(第一次的創造)でなく二次的創造にさらに創造機能を加える『メタ創造』である。(P119)
【メタ化】とは、対象から一歩引いた「一段高い視点(高次)」 から物事を俯瞰し、その本質や構造を捉えること。
(*WEB検索より)
オリジナリティは評価されているので、他と結びつけて“高い統合に導くエディターシップ”はもっと評価されていいという。
*終盤は、「結ぶ」「挑太郎」「関係価値」「編集人間」と続きます。
高次のレベルでのエディターシップについて語られています。(以下は気になった部分の抜粋です)
「結ぶ」、言葉が人間の精神活動の産物である。(P143)
調和は関連づけによって生まれるものだが、調和しやすいものだけが調和するのではない。普通では目に留まらないものの間に縁結びができて、文化は細く密に作られていく。(P149)
「挑太郎」には統合の原理が必要。エディターシップによる神話的統合、比喩の世界がものを言う。(P162)
「関係価値」、言語表現は関係価値の創造である。エディターシップは新たな関係の発見。(P182)
*理論は広範囲にわたり展開されます。これは「エディターシップ」のほんの断片です、そんな風に見ていただけると幸いです。
感想
・本の編集の中にエディターシップの働きがある、エディターシップの働き・触媒的な働きとはどういうものなのか、文化形成における分析、組み合わせ、場の意味、結合、物語、つなぎ、創造性について学びました。
・文化が作られる過程でエディターシップは触媒として働いている。その目的は『統合』であり、『調和』や『調和の中の不調和の発見』がある。
言語的な結合を道具として使い、人を創造的につなげるための考え方。
(*極力、精神論について言及・強調していないのが特徴的だと思います)
・人間は触媒として様々なものを結び繋いでいる。エディターシップとは意識していなくても使っているものでした。
エディターシップは文化論でありながらも人間論。
触媒的に働くもの、統合するための考え方、歴史を学ぶための知恵。
※沢山のアイデアと資料を使い、時間をかけて書かれた本。
推測ですが外山さんが「エディターシップ」を書いた理由には、彼が感じた日本文化のあり方、又文学の権威主義についての疑問があったのではないか。その流れを変えていくのに何が必要なのか考え抜いていた。その研究成果としてエディターシップ論が生まれた、のではないかなと思いました。
先生が理想としたのは、思考が翼をひろげ大空を飛行する姿、決められた枠を超えて縦横無尽に働くこと?。(社会人や未来の学生に対しての提言でもあると思いました。)
【注意】この感想は私の視点で見ているので内容の一部分でしかありません。
*最後までお読みいただきありがとうございました。
比喩も多く練られた文章ばかり。沢山のテーマを含んでいました。文化論として面白いです、何度も読みたい本です。
「思考の整理学」を読んで興味を持った方や、外山さんの本を読みたいと思われた方にはおすすめします。先生の代表作「思考の整理学」をもう一度読んでみたいと思いました。